新選組の歩んだ誠の道

2023/09/29

エンパイア・グリルでハロウィーン・ランチ!

普段は地方にてリモートで仕事をしている後輩。

久々に上京しての打合せ。相変わらず元気そうです。

新幹線までの時間を逆算して、ディズニーアンバサダーホテルの「エンパイア・グリル」にてランチを。

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アンバサダーホテルと同じくアールデコ洋式のデザインをとりいれたお店。

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店内のあちこちにアールデコらしい幾何学形状がちりばめられて。

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凝りに凝った店内を眺めているだけで、楽しいですよねー。

さて、この日はディズニー・ハロウィーンをテーマとしたランチ。

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まずはアミューズ・ブーシュ。

内容は忘れましたが(汗)、酸味のある胃を刺激する液体でした。

この後に期待を抱かせます。

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そして、まるでアフタヌーンティーセットのような什器に盛られ運ばれてきたのは「Appetizer Medley」。

しっかりアールデコっぽいデザインなのが良いですね。

上段がライスサラダ、アボガドビーフ、ポークカルニータス。

中段がビーフパストラミのケークサレ、ムール貝のマリネとピペラードなどなど・・・。

下段がキャロットとザクロのサラダなどなど・・・。

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これらを皿へ並べるとこのような賑やかさに。

それぞれ個性的な味わいで楽しいですね。

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メインは数品からのチョイス。水郷赤鶏のスパイシーグリルにしました♪

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デザート。「かぼちゃのシブースト カシスソルベとともに」。

ドナルドのプレートは食べられるのだけど、かわいそうで食べられない(笑)。

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ごちそうさまでした!

しかし、ひとり客が多いのがちょっとした驚き。

皆さん、「おひとり様ディズニー」を楽しんでらっしゃいますね!

 

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2009/04/23

念願かなって金戒光明寺・・・そして真古館。

というわけで、大分間が空きましたが先日の京都旅行での体験をひとつ。
昨年の京都の旅は「新選組史跡めぐり」がテーマでしたが、今回の旅でも一カ所是非行きたかった場所が。

幕末に京都守護職だった会津藩が本陣とした金戒光明寺
地元の人からは「黒谷さん」と呼ばれ親しまれている社寺だそうで、当然のことに京都守護職お預かりだった新選組の面々も、何度となく訪れています。

地下鉄の蹴上駅から南禅寺を経て、哲学の道を抜け銀閣寺へ。
そこからアップダウンの激しいコースを通過して真如堂へ。
と、ここまでは良かったのですが、光明寺へのルートに迷い・・・。
歩き続けで疲労もはなはだしかったので、どこか休めるところはないかと思ったところに目についたのが吉田山荘
どうやらこの敷地の中にお茶を飲めるスペースがあるようなのでした。

かつて東伏見宮家別邸だったという吉田山荘(現在は料理旅館)。
その趣のある和洋折衷建築の横にあったのが真古館

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中はとても雰囲気のあるレトロな造りで。
二階はどことなく山小屋風。

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窓の外には京都市街を囲む山々が見渡せます。
ほっとひと息。

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いただいたのはコーヒーと“お福もち”。
吉田山荘の女将がしたためたという自筆の和歌が。
これは古今和歌集からのもので、家族4人分それぞれが違う歌なのでした。

“お福もち”は無農薬有機栽培の十六穀米・もち玄米などが使われているそうで、とても素朴な味わい。
落ち着いた空間でゆったり出来、とてもリフレッシュ♪

店を出る際に金戒光明寺の場所を聞いてみると、気が抜けるほどすぐ側なのでした。
本堂の閉まる時間ぎりぎりに到着した地酒星人一家。
念願の光明寺を体験する事が出来ました。
本堂は浄土宗の寺らしい、オープンな雰囲気で。
現在、瓦の葺き替え工事をやっているようで、瓦に一家の名前を書かせてもらいました。

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かつて近藤・土方などがこの境内を歩いたのだろうなぁ・・・。

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山門。
“京都守護職本陣”の札も見えます。

いわゆる“観光寺社”とは違う静かなお寺さんで、とても気に入りました。

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2008/04/07

《京洛紀行2008春:6》新選組史跡などなど。

京都食べ歩きの合間合間に旅のもうひとつの目的である、新選組史跡めぐりも続けています。
清水寺への道すがら、高台寺の中の月真院へ。
ここは新選組から袂を分かった伊東甲子太郎一派が御陵衛士として屯所を構えた場所。
現在非公開との事で内部には入れませんでしたが、その佇まいを見る事が出来ました。
(この建物が幕末当時から有ったものなのかはわからないのですが。)

Geshinin

この近くには坂本龍馬が愛用していた旅宿兼料亭の明保野亭があります。
池田屋事件の数日後、新選組が長州藩士と間違えて襲撃をして土佐藩と会津藩の外交問題となった場所でもあります(建物の一部が現存しているようです)。

次に向かったのは、以前から訪れたかった霊山歴史館

Rekisikan
幕末から明治維新期に活躍した志士や幕府側人士の様々が展示されています。
新選組関連の展示が思ったよりも多いのが意外でした(基本的に需要があるのでしょう)。
展示は興味深い物が多かったです。

Chionin

今回、旅程の都合で幕末に会津藩が駐留した金戒光明寺を訪れる事が出来なかったのですが、代わりに同じ浄土宗の総本山である知恩院へ(地酒星人家の菩提寺の総本山でもあります)。
山門からの石段がきつかった〜(汗)。

旅の最後に立ち寄ったのは、新選組が八木邸・前川邸が手狭になったため屯所を移した西本願寺
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数年後に親鸞上人八百年忌を控えて本堂が改修中のようでした。

駆け足で歩き回った京都の旅レポートもこの記事で終わりです。
思ったコースの半分強ほどしか回れなかったので、後日また訪れたいと考えています。

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雨に濡れる八坂神社のしだれ桜〜♪

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2008/04/01

《京洛紀行2008春:1》京都・壬生八木邸再訪!

京都駅に降り立ったのは11時少し前。
やっぱり東京より少し肌寒く感じる京洛の地なのでした。

今回の家族旅行は京都で新選組の史跡と巡る事と、京都らしいおいしいものを食すのが目的。
最初に行こうと考えたのは、新選組が京都ではじめに屯所を構えた壬生の八木邸
新選組に興味のある長女のためにも、出来るだけ彼らの行跡に沿った旅をしたいと考えたのでした。

昨年、見学終了間際に飛び込んで説明員の方と一対一で贅沢な時間を過ごした八木邸でしたが、さすがにこの日は見学者も多く。
あらためて新選組を中心とした当時の政治状況の、簡潔でわかりやすい解説を受けました。
新選組に偏りすぎていないスタンスが良い。

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待合所に貼られていた大河ドラマ「新選組!」のポスター。
なっつかしいなぁ〜。
出演者がみんな、ちょっとだけ若い(^^)。
八木邸の後はすぐ隣の前川邸(グッズ売り場のみ)や壬生寺などを眺め。

さて、最初のポイントをクリアした後は新選組のごとく市中探索へ(ホントは昼食の店をめざして:笑)出発!

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2007/12/09

新選組屯所跡で文久年間にタイムスリップ!

京都出張だった金曜日。
取引先を辞したのが5時少し前。
「さて、これからどうしよう」という事で、交差点に掲げられていた観光案内を眺めていたらびっくり。
新選組屯所跡がすぐ近くに(京都の土地勘まったくないのです)。
時間的にはもう見学は出来ないかも、と思いつつも行ってみるしかないという事で急ぎ足。
京の細い路地を歩いて行くと、前方になにやら明るい光を放つ店が。
和菓子屋さんの京都鶴屋さん。
そして、この敷地こそが新選組が屯所を構えていた八木邸跡。
夕闇迫る京の地に、翻っている誠の旗。

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もう片付けが始まっている時間でしたが、心よく見学が許されました。
八木邸は当時のままの造りだそうで。
ところどころ灯された電球のみなので、とても暗いのですが、そこがとてもリアルで。
女性の説明員の方に解説してもらいながら、屋敷内を巡ります。
この日最後の客なので、もちろん一対一。贅沢ですね。

最初に通された間はまさに芹沢鴨が暗殺された場所で。
当時の暗殺の様子を伺っている内に、脳内は文久3年9月の蒸し暑い雨の夜にタイムスリップ(マフラーに手袋の出で立ちなのに)。
夜陰にまぎれて刃を振るう土方達に応戦していた芹沢が躓いた文机も残っていて。
この躓きが命取りになったのですね。
鴨居には今でも刀傷が残っています(これはいつの物かはわかりませんが)。

解説の締めに説明員の方が力説された新選組の末路について。
数多の徳川恩顧の大名が寝返って行く中、土方達は最期まで“誠”をつらぬいた事。
歴史は常に勝者によって書かれるという事。
そうなのだ、近藤・土方と仲間達の行跡は近代の義経ものがたりなのだ。
聞いている内に感情が高まり、不覚にも涙ぐみそうになる45歳(苦笑)。

閉館ぎりぎりに飛び込んだ事を詫びつつ、屯所を跡にして先ほどの鶴屋さんにてお抹茶と菓子をいただきます。
(入館料1000円に含まれているのです。)

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とても柔らかくおいしい屯所餅。
暖かい抹茶で落ち着いた心地に。
和菓子とともに店に並べられている新選組グッズを物色。
娘用にタオルと鉢巻きを入手(笑)。
周辺にもグッズ店が軒を並べており、これらを見ていると現実に引き戻されます(^^;)。

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2007/11/04

日野にて土方愛さんよりサインをいただく!

よく晴れた秋晴れの一日。
今日は午後から娘たちを連れて、日野へ行って来ました。
今日目指したのは土方歳三資料館
新選組副長・土方歳三のご子孫が運営されている、貴重な歴史資料に接する事の出来る場所です。

JR立川駅からモノレールに乗り、万願寺駅にて下車。
まわりを見渡すと、「土方自動車」やら「土方不動産」やら、この辺りは本当に土方姓が多い。
歩いてすぐの場所に資料館はありました。

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ご子孫が自宅(歳三の生家)に資料館スペースを作り、解放されているので、毎月2日間のみの開館です。
かつて豪農であった事を彷彿とさせる立派なお宅。資料館の札がなかったら、入るのを躊躇してしまいそう(^^;)。
今日も大勢の新選組ファンでにぎわっていました。
歳三からの手紙など、貴重な資料の中でひときわ目を惹くのは佩刀であった和泉守兼定。
写真では気づきませんでしたが、鞘に牡丹と鳳凰の絵が描かれているのですね。
何人の人を斬った刀かは知りませんが、この辺り、副長のおしゃれ心を感じますね。

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庭先にある歳三手植えの矢竹。
こちらも実物は初めて見ました。

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帰り際に六代目のご子孫である土方愛(めぐみ)さんの著書を購入したところ、ご本人より本にサインをいただいてしまいました。感激。
一緒にいただいたシールは長女と山分けです(笑)。

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2007/10/07

親子二代の新選組ファン!

長女が最近買い集めて愛読している漫画が、渡辺多恵子氏の「風光る」
最近人気の、新選組を題材とした少女漫画です。
親子二代の新選組ファン、ここに完成(笑)。

地酒星人の場合は初めに司馬遼太郎氏の「燃えよ剣」。
そして漫画は「スケバン刑事」で有名な和田慎二氏の「あさぎ色の伝説」でしたね〜。

さて、そんなわけで秋晴れの休日。
長女と地酒星人、そして妻の三人で出かけたのは新選組副長・土方歳三の菩提寺、高幡不動尊
参道には様々な新選組グッズが売られています♪

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立派な山門。
歳三が小さい頃、この上に昇って下を通る人に鳥の卵を投げつけたエピソードがあるそうです。
副長、とんだ悪ガキ(^^;)。

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境内に入ってすぐにある土方副長の像。
秋晴れの空が新選組の浅葱色の羽織を思わせて、似合っています♪

この日の収穫は、大日堂で拝観する事が出来た副長の位牌。
両脇にはご両親、そして祖父母のものも有り、貴重な体験が出来ました。

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こちらも立派な五重塔。
周囲はたくさんの木々に囲まれていて、紅葉の季節にはとても良いんだろうなぁ。

高幡不動を後にし、すぐ近くのそば屋で昼食。
昼に飲むビールって、なんで旨いんでしょう(エビスビールだったし)。

その後は多摩モノレールにて立川に移動、JRで日野へ。

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長女は初めて来ます。
日野宿本陣。
土方歳三の義兄である佐藤彦五郎の屋敷跡です。

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以前にも当ブログにて紹介していますが、函館戦争から土方の写真や手紙を持ち帰った市村鉄之助をしばらく匿っていた部屋。
ドラマを感じますねぇ。

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歳三がよく訪ねて来ては昼寝をしていたという間。

日野市のボランティアの方がとてもわかりやすいガイドをしてくださって、有意義な時間を過ごせます。

日野には他にも新選組関係の資料館がいろいろ有りますが、それは今後の楽しみとして。
いつか新選組の活躍した京都を巡ってみたいと画策する父子なのでありました(^^)。

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2006/09/18

【会津センチメンタルジャーニー:壱】近藤勇墓参篇

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会津へのひとり旅に行って来ました。
特にこれといった予定を持たない気ままな二泊三日の旅でしたが、どうしても訪れてみたい場所がひとつだけ有りました。
鶴ヶ城を見下ろす山の中に有るという、新選組局長・近藤勇の墓です。

近藤は慶応4年4月、東京・板橋において刑死します。
その後、各地を転戦し会津へやって来ていた新選組副長・土方歳三が盟友・近藤の墓をこの地に建てます。
墓碑に刻まれた戒名は会津藩主・松平容保から贈られたものと言われており、墓の場所は土方の指示によって決められたと伝えられています。
但し、斬首された近藤の首は京の三条河原にさらされ、胴は近親者によって東京に埋葬されました(この辺り、様々な説があります)ので、いわゆる墓というよりは、“碑”の意味合いの強いものと言えます。

では、何故そのような場所へ行きたいと思ったのか・・・。
一昨年放送された大河ドラマの「新選組!」
この中で土方歳三役を演じた山本耕史氏が、かつてインタビューにこう語っていました。以下、要約。

「土方を演じるにあたって、日本各地の縁の場所へ行きました。どこも歴史のある土地だという事以外、特に思う事はなかったのですが、会津の近藤の墓だけは違いました。あそこには何かが有る。絶対に土方さんの何かが墓に埋まっている、と強く感じました。」

土方を演じた一俳優の持った印象であり、何の根拠も無い発言ではあるのです。
しかし、迫真の演技で土方そのものになりきった山本氏の発言です。自分の思い入れがかなり加味されているとは思いつつ、それでも会津の近藤の墓はこの発言以降、是非訪ねてみたい場所になりました。

それから約2年。ようやく会津を訪ねる機会を持てました。

近藤の墓は鶴ヶ城の東側、山中に有ります。
基本的に観光地ではなく、天寧寺という墓地の一角で、かなり険しい山道の中途に有る為、道に迷わないかがとても心配でした。
しかし会津若松ライオンズクラブによる案内標識が多数あり、ほとんど迷わずに山道を登って行く事が出来ました。
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かなり険しい山道です。昨日まで降っていた雨によるぬかるみが心配でしたが、これはさほどでもなく。
それでも急勾配が続き、だんだん息が切れてきます。
額に汗が滴り落ちる。

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途中、こんな看板も有り嫌な感じに。
雨の日だったら引き返したくなったかも。

Lionsclub

会津若松ライオンズクラブによる案内標識が各所に。
これがなかったら、おそらく一人ではたどり着けませんでした。
感謝、感謝。

つづら折りの山道を足をふらつかせながら登っていると、少し道が下りに。
そのまま歩いて行くと、ありました。
重なる枝の中から見えて来ました、あれが墓所なのでしょう。
Kondo1
この写真、少し変わったハレーションの入った撮れ方をしました。
来訪を喜んでいただいたと理解いたしましょう。

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左が近藤勇の墓です。
右が昭和63年に建立された土方歳三の慰霊碑。

貫天院殿純忠誠義士大居士

あらためて字面を追いますと、松平容保の近藤に対する好意、信頼が十二分に感じられる戒名ですね。
特に“貫天”という文字が印象的で、大河ドラマ「新選組!」のオープニングタイトルの青い空と白い雲の映像は、ここからイメージされたものではないのか、と感じました。

そして、この険しい山の上に墓を置いたのは土方の意志。
もちろん、やがて会津に押し寄せる官軍による詮索を恐れての事もあるでしょうが、この場所に決めた理由が土方の心の内にあったような思いがします。

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墓所から木々越しに見えるのは会津若松の市街です。
この墓が特別の意味を持つ・・・。
それは、この墓をこの場所にあつらえた土方の意志、そして近藤にこの素晴らしい戒名を贈った松平容保の意志。
その二つの意志が、今なお明確に感じられるからではないのでしょうか。




どうしても訪れたかった場所。
ようやく念願かなって、身も軽く山を下って行きました。
麓近く、ふと空を見上げると。

そこにはまさにあの青い空と白い雲が広がっていたのです。
思わず、声を上げて笑ってしまいました。

Kondosky


貫天院殿純忠誠義士大居士

本当に良い名だなあ・・・。

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2006/08/15

新選組と靖国神社

久々の新選組関係ネタです。
61回目の終戦記念日がやって来て、靖国神社周辺が騒がしいわけです。
ニュースなどだけ見ていると、第二次大戦およびその前の日清・日露の軍関係者のみが祀られているように錯覚しがちですが、実は幕末からの国事奔走者も多く祭神となっているのですね。

新選組といえば徳川方であり、戊辰戦争では賊軍とされたわけですが、この集団の中からも靖国に祀られている人物がいます。
かつて新選組で参謀として活躍した伊東甲子太郎です。
伊東甲子太郎は一派を率いて新選組から独立。御陵衛士となりますが、京の油小路にて新選組に暗殺されます。
昭和4年にその功績が認められ、靖国神社に祀られました。
この御陵衛士からは他にも数名が祀られています。

靖国には他にも吉田松陰や坂本龍馬、高杉晋作など幕末に活躍した人物が祀られているのですね。

逆に戊辰戦争賊軍側は一切祀られていません(多少の例外は有り)。
戊辰から140年近く、当時賊軍とされた新選組を含む徳川方としても勤王の志は篤かったわけですから、そろそろ彼等を靖国に祀っても良いのではないかと思うのです。
私は国事に奔走し、非業に倒れた新選組各隊士の靖国神社への合祀をこそ望みたいと思っています。

Honden

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2006/01/07

土方歳三最期の一日・雑感。

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新政府軍の箱館総攻撃の前夜、副長から振るまわれた酒を腹に入れ、日野を目指して鉄之助の後を追う地酒星人(爆)。

今日、BS2にて再放送がありますね。実は3日のビデオ録画を失敗していて(開始から30分くらいまで日テレを録ってしまっていた:苦笑)、今晩仕切り直しです。
まだこのドラマの感想をまとめるに至っていませんが、とりあえずのひとこと感想の羅列です。

以下、「新選組!!土方歳三最期の一日」の雑感。

オープニング。「待たせたな。」からタイトルが出るまでの演出が、もの凄くカッコ良かった。思わず「カッチョエ〜!」と叫んでしまった。

鉄之助、可愛い。これなら新選組オタクの婦(腐?)女子の皆様もご満悦でしょう。

島田、相変わらず頼もしくて直情型。尾関は相変わらず旗を持つ。突撃の際も武器は無く旗のみ。それでよく戊辰を生き抜いたものだ(笑)。

榎本、良い味出していた。片岡愛之助は良い役者だ(ファンからは“らぶりん”と呼ばれているようだ)。

大鳥もしかり。いかにも三谷ドラマに出て来そうな役回り。最期はみんな良い人。

短いシーンだったが、会津人として生きて行く斎藤にも決着を付けていた。次は是非西南戦争に行く斎藤で「!!!」を。

試衛館回想シーンも、短いながらそれぞれの個性が出ていて良かった。空気を読まない沖田。「人」が一番恐いと言う山南。お茶をいれる源さんと手伝う平助。ハチャメチャな左之助など。

桶狭間に鵯越。日本は劇的な歴史をたくさん持っている。

土方の死の場面。近藤は青空に輝く太陽。土方はそれに照らされて光る月なんだね。

日野へ向かって蝦夷の原野を走る鉄之助。鼻の奥がツーンとした。何故だか希望を感じるシーン。「走れ、鉄!」

三谷氏には、是非鉄之助が日野へたどり着くまでのドラマを作って欲しい。途中で斎藤や永倉に会ったりして。

最期のクレジットの時に、それぞれ生き残りの隊士のその日を1カットずつ入れてくれたら最高のプレゼントだったな・・・(贅沢言い過ぎ)。

中島三郎介親子も登場させて欲しかった。

明治新政府軍が、充分とは言えないまでも西洋式に武装した軍と戦ったのは戊辰のいくつかの戦場と西南戦争のみで、それを経験した事が日清・日露へとつながって行く。そういう意味で彼らも日本に貢献していると思う。現に宇都宮で土方と一緒に戦った立見尚文も満州で日本軍の苦境を救ったし。

日露戦争で、もし土方が指揮していたら二〇三高地攻略はどうなっていただろう。

土方の北行は、あと100年くらいしたら義経と同じように、いやそれに変わる物語として日本人に浸透しているような気がする。

地酒星人の考える良いドラマの基準は、観る事によって心に何らかのポジティブな作用が生まれ、その後の自分の生活に多少なりとも変化を与えるもの。その意味で、「新選組!」およびこの続編は素晴らしいドラマだった。

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