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2007/08/23

地酒星人的思ひ出(その26)《ばあちゃんの受けた機銃掃射》

この話、終戦記念日にアップしようと思っていたのですが、外出していたりなんだりでこのタイミングになってしまいました。

地酒星人の祖父母はもう亡くなっていますが、幼な児を抱えながら戦時中を生き抜いた人でした。
特に祖父が招集されたりという事は無く、東京から祖母の実家のあった茨城県に疎開しながら比較的平穏には過ごせたと言って良いでしょう。
そんな中で唯一、戦争に関して今でも思い出す祖母の話があります。

周囲は畑だけの農道をまだ幼かった地酒星人の父と一緒に歩いている時に、来襲した米軍の戦闘機に機銃掃射されたと言うのです。
咄嗟に道から外れて幼い父を抱きかかえながら畑に伏せて、すんでの所で難を逃れたとの事でした。

これを聞いた当時は(高校生くらいの頃でしょうか)、相手は軍事基地などを狙って飛来しているのだし、そんな農道をてくてく歩いているような親子連れに向かって弾丸を撃ち込む事はしないだろう、と思っていました。
そんなにヒマじゃないだろうし、何かの話で記憶を混同している祖母の怪しげな話だと思っていたのです。
祖母は生前、何度かこの話をしていたのですが、その度に話半分に聞いていました。

ところが、祖母の死後に米軍機の一般人に対する機銃掃射に関する記述を度々目にするようになりました。
ひとつには戦時中の事に興味を持ち、関連資料を読む機会が増えた事があります。
敵は当然、軍事目的を持って来襲するのですが、攻撃拠点からの行き帰りなどに一般人にも攻撃を加える事が多かったようです。
ひどいケースでは、明らかに学校とわかる場合でも校庭に機銃掃射をしたりもしたようですね。
小さな漁村(明らかに軍事拠点では無い)を機銃掃射した操縦席からの映像も残っているくらいです(NHK昭和の戦争と平和)。
浜に並んだ木製の小舟の間を逃げ惑う人が痛々しいです。

こういった攻撃を行ったパイロットはどのような気持ちで引き金を引いていたのでしょうか・・・。
平時に普通の人間が持っているであろう想像力が、使命や憎しみの前に霧散してしまうのが戦争の恐ろしさなのでしょうね。

ばあちゃん、ごめん!
ばあちゃんの言ってた事はたぶん本当だったんだね。
米軍の空からの侵入ルートのひとつがばあちゃんの田舎のあたりだったから、米軍機に遭遇する確立も高かった筈だ。
ばあちゃんから、その時の事もっと聞いておけばよかったよ。
・・・などと思う、戦後62年の夏なのでありました。

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コメント

何年か前に、終戦記念日で話しをしていた戦争体験者が・・「戦争で体験した恐ろしい思いは、もう口にも出したくもない。だから今まで誰にも話さなかったけれど、歳をとったらやはり次の世代にちゃんと伝えておかなくてはという気持ちになったので、初めて話します」っていうのを聞いて、なんだか目が覚めた気持ちになりました。
子供の頃は、戦争での様子を、なんとなく武勇伝みたいに自慢してるみたいな感じだったんですよ。でも、そうじゃないんだって、最近私もそういう話を一生懸命聞くようになりました。

投稿: hirorin | 2007/08/23 11:14

 東京に落とし切れなくて余った爆弾を米軍機が落として行ったのが静岡でした。いわゆる、静岡大空襲というやつです。

 当時、母方の祖父母は静岡市に住んでいました。余りものの爆弾で家屋敷全てを焼かれたと何度か聞かされたものです。

投稿: papaci | 2007/08/23 12:24

《hirorinさん》
本当に今になって聞いておけばよかったと思う事が多いです。
戦争の事だけではなくても、明治〜昭和の日本が歴史上無いくらいの大変化を遂げた時代を見て来たわけですからね。

投稿: 地酒星人 | 2007/08/23 16:10

《papaciさん》
それは堪らんですよね。
安倍首相がアメリカでの演説で「20世紀は人権侵害の多い時代だった」という趣旨の発言をしましたが、空襲の事を言っているのではないにせよ、うなずかされます。
でも、日本にとっては60年前の事でも、今でも同じ苦しみにあえいでいる人々が居るんですよね・・・。

投稿: 地酒星人 | 2007/08/23 16:24

初めまして。
去年あたりから猛烈に日本酒にはまり、しばらく前からしょっちゅう拝見していました。普段は政治系のブログにコメントしているのでとりあえずはHN未定で勘弁してください。(新しいのを考えた方がいいのかもとも思いましたが複数持って混同するのもイヤだなぁとかいろいろ考えてしまって...)

私も母から聞いた事があります。母の住んでいた村は畑ばかりの農村ですが、偵察機の通り道になっていたようで頻繁に機銃掃射されていたそうです。「当時はプロペラ機だから向こうが機内で笑いながら撃ってくるのが見えたんだよ。遊びであぜ道に撃ってくるだけだからそうそう当たらないんだけど、近所のおじさんが足に当たったことがある。くやしいね〜。」と笑いながら話してくれました。

この当時幼かった母の年の離れた兄が靖国に祀られているので、私は年に数回参拝します。その時の心情としてはただ英霊に感謝することも無論ですが、母の話を思い出して噛み締める思いも決して小さくはないです。

ついでいくつか話しますと、今年のみたま祭りは地酒星人さんと同日に行きましたよ、暑かったですね。あと、たぶん私は同業者です。私はWebが主ですが。そしてMac使い。

地酒星人さんが紹介してくださるお酒は飲んだ事の無いものばかりなので興味津々で拝見しています。というか全種類試したくなります(笑)。これからもいろんなお酒を紹介してくださいね。それでは長文失礼しました。

投稿: HN未定でスミマセン | 2007/08/24 14:00

うちの祖母も時々ですが、話をしてくれました。
戦争中のことよりも、敗戦時のことを。
これからどんな風になってしまうのか、自分たちは生きていけるのか、などなど。。。

そういえば当時学校の先生をしていた祖母ですが、どんな教育をしなければならなかったのか。
その辺も今のうちに聞いておくべきかな・・・

投稿: のむりん | 2007/08/25 02:19

《HN未定でスミマセンさん》
こんばんは〜♪
日本酒の世界は本当に深くて広くて楽しいですよね(^^)。
今後とも、よろしくお願いします!

米軍機による機銃掃射を経験された方によると、低空飛行なので本当にパイロットの顔が見えるらしいですよね。
であれば、敵からもこちらが女・子供である事がわかるでしょうから、なおさらよく引き金を引くものだと思います。
こういった機銃掃射による死者は、民間人であり公務による戦死ではないのでしょうから靖国には祀られていないんでしょうねぇ。
第一次大戦から始まった、銃後の人間も無差別に襲われる総力戦は、本当に恐ろしいものだと思います。

投稿: 地酒星人 | 2007/08/25 20:09

《のむりんさん》
終戦の日の心情というのは、本当に我々からはうかがえるものでは有りませんよね。
よくドラマなどで、開放感いっぱいで喜んだりする描写が有りますが、ほとんどの人間はそうではなかったそうです。
喪失感に包まれ、全員が喪に服したような静かな一日であったという記述を最近読んで納得した記憶があります。

おばあさまの体験、貴重なものだと思いますので是非聞いてあげてください。

投稿: 地酒星人 | 2007/08/25 20:15

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