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2007/03/01

江戸時代の酒問屋!

手元にメディアファクトリー刊「天保の江戸くらしガイド」という本が有ります。
江戸時代、天保年間の江戸市中に暮らす様々な職業の人々を、その実態や収入などと合わせて紹介した本です。
漫画風イラスト入りの、ごく柔らかい内容なのですが、その中に「酒問屋」も出て来ます。

Tenpouその頃の江戸で飲まれていた酒は、上方から舟で輸送されて来る「下り酒」が中心だった模様。
すでにこの頃から「菊正宗」「白鶴」などのブランドが存在していたようですね。辛口の「剣菱」は江戸で人気が有ったそうです。
当時、江戸人の年間消費量は、現在の一升瓶換算で年間3,000万本との事。
これは今と比較するとどのくらい違うんでしょうね?(当時とは人口もかなり違っているとは思いますが。)
ひとり平均一日1合から2合を消費していたらしいですね(これは地酒星人とあまり変わらないです:笑)。

その頃の酒の小売り店は、主人がいろいろな酒をブレンドし、割水をしながら売っていたそうで、店によって味が結構違ったらしいですね。
やはりブレンドのうまい主人とか居たんだろうなぁ〜。
あ〜、その頃にタイムスリップして酒を飲んでみたい。

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コメント

なるほど。日本人は、昔から、しっかりと日本酒を飲んでいたんですね。

なんだか、毎日、日本酒を飲んでいる自分が、日本の伝統的な食文化を大切に守り続けているスバラシイ人のように思えてきました。今晩も、しっかりと文化を守っちゃいます!

投稿: あつし | 2007/03/01 10:11

《あつしさん》
日本酒を調べていて楽しいのは、江戸時代(あるいはそれより前から)から連綿と続いている蔵元が多く、その伝統に触れられる事ですね〜。
当方、歴史好きなのでなおさらなのですが。
今晩も日本人の歴史・食文化の一端を担いたいと思います(ただ飲むだけですが:汗)。

投稿: 地酒星人 | 2007/03/01 10:37

川越の「川の博物館?」というのに行くと、江戸時代、荒川を船街道として使って埼玉で生産された物資が江戸の街と通商されていたことが展示されていますよ。
その中にはもちろん酒もあり、埼玉の蔵元のいくつかはその当時から残っているところもあるようです。

快復、おめでとう!

投稿: フットゴリ | 2007/03/01 13:46

現在の食品卸の超大手、国分(こくぶ)さんや、京橋の「ぬ利彦」さんは、その手の酒問屋さんでしたね。いずれも江戸時代中期の創業で、いまでも酒問屋業を続けてます。

「ぬ利彦」さん、いまはIBMのコンピュータ製品のディーラーもやってます」。個人的な話をすると、最初の付き合いはそっちで、酒問屋が本業だったと知ったのはかなり後でした(爆)

投稿: 目黒の清水 | 2007/03/01 14:10

よく大河ドラマとかでみる「酒を呑むシーン」とても旨そうに呑んでる・・・・ホント、タイムスリップして「あのシチエーションで」酒を飲んでみたい気もしますね。
あっ、酒のシーンだけでいいですがf(^^;)

投稿: イケ | 2007/03/01 14:35

《フットゴリさん》
なるほど、荒川は当時水運の大動脈だったんでしょうね〜。
疑問なのが、下りは良いとしても上りって結構大変だったんじゃないですかね?

投稿: 地酒星人 | 2007/03/01 16:54

《目黒の清水さん》
はぁ〜、そんな伝統の話を聞くとびっくりですね。
しかも、IBMを扱っているとは!?
時代に合わせてしなやかに変身しているんですね。しかも、今でも酒を扱っているところがグッドです(^^)。

投稿: 地酒星人 | 2007/03/01 16:57

《イケさん》
江戸時代の酒に興味を持つきっかけになったのが、新選組隊士はどんな酒を飲んでいたか?という疑問なので、私も是非タイムスリップしてみたいです。
怪しまれて斬られるかもしれませんが(汗)。

投稿: 地酒星人 | 2007/03/01 17:01

荒川や利根川の上りですが、比較的平坦で流れの弱い箇所(河口から霞ヶ浦のあたりまで)は船を漕いでいたそうですが、そこから上流では、岸から馬や人力で曳いていたそうです。これは京都の高瀬舟も同じですね。

投稿: 目黒の清水 | 2007/03/01 23:54

《目黒の清水さん》
>岸から馬や人力で曳いていたそうです
↑あ、やはりそういう仕組みなんですね。
それもかなりきつい仕事ですね〜。今では存在しない様々な職業が有ったんでしょうね。

投稿: 地酒星人 | 2007/03/02 09:56

江戸時代に菊正宗も剣菱も売られていたんですね〜

なんかの本で、やはり割水の具合で酒屋のレベルに違いがあって読んだことがあります。非常に興味がありますよね〜

投稿: 酔ゐどれ | 2007/03/04 22:43

《 酔ゐどれさん》
割り水のみではなく、焼酎も入れたりしていたみたいですね。
江戸の人は蔵元というよりは、酒屋のブレンドの腕で酒を選んでいたのかもしれませんね。
今でも、酒屋ブレンドあれば良いのになぁ、と思ってしまいます。

投稿: 地酒星人 | 2007/03/05 08:53

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