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2005/10/17

観音じじいの事。

今、千代田区内の公園の隅にホームレスの収容施設が建てられている。区内のホームレスを収容し、職業訓練等を施して社会復帰を目指させるらしい。

千代田区としては区民生活に影響の無い区の一番端に建てるつもりなのだろうが、そこは通りひとつ隔てれば新宿区であり、すぐ側に公立の幼稚園・小学校が有る。千代田区民からは隔絶されているが、新宿区民からは目と鼻の先である。当然、新宿区民としては納得ができない。

新宿区民である私も、千代田区のやり方にはあまり良い感情は持っていない。

建設にかかるまではいろいろともめたのだが、施設自体が数年の時限的なものである事、ホームレスを施設の外に絶対に出さない事を約束して工事が開始された。

この騒ぎの事でよく思い出したのは、子供の頃に近所にいた“観音じじい”の事である。

子供の頃、寺の横の坂に、観音じじいが居た。
通学路だったので、僕たちは毎日、観音じじいを目にしていた。
いや、正確には観音じじいや、観音じじいの住まいを目にしていた、というべきだ。

観音じじいは、今で言うところのホームレスだ。
観音じじいが居る坂が観音坂なので、観音じじいと呼ばれていた。
そして観音じじいの住まいは小さなリヤカーである。リヤカーの台座の上に壁を立て付け、屋根を乗せて雨露をしのげるようにしていた。

観音じじいは当時何歳くらいだっただろうか。
おそらくは60代にさしかかった頃だったように思う。
片目が不自由であった記憶がある。
いつからこの町に来て、いつからそこに居るのか、知っている友人はひとりも居なかったし、朝夕に前を通り過ぎるだけの観音じじいの出自をことさらに興味を持つ子供は居なかった。

そんな子供達であったが、たまに気まぐれな悪戯心が頭をもたげると、観音じじいの“住まい”を叩いたり蹴飛ばしたり、悪口を大声で言ってダッシュで逃げたりという“遊び”をしていた。
観音じじいもそんな時は怒ってどなるのだが、追いかけて来るような事はなかった。一学年上の子供が観音じじいに捕まって、タバコの火を押し付けられたという噂が飛び交った事もあったが、真相はよくわからない。
一度雪の降った日などは雪つぶてを投げる子供達と、シャベルを使って雪の固まりを抛り投げて来る観音じじいとで、まさに“雪合戦”を演じた事もあった。
そんな観音じじいだったが、近所の大人とは時折気候の挨拶を交わしていたりして、それなりに地域に気を使っていたようにも思う。
そうして観音じじいとその“住まい”は、町にとけ込むようにしてそれから何年も、その坂に存在し続けた。

高校生の頃だったろうか。
通学には別方向の駅が便利だった為、観音じじいの坂はあまり通らなくなっていたが、ある日用事があってその坂を通った際、観音じじいの“住まい”が無くなっているのに気づいた。
今までも、その足の付いた住まいの特性を生かしてその場を離れ、引いて歩いている事はあったので驚くには値しないのだが、近くの枝にかけてあった洗濯物を干すロープも、坂から動かないように置いてあった車輪止めのブロックも、すべて無くなっていた。
観音じじいの痕跡が消えていたのだ。
おそらくは身寄りの無い身の上、どこかの施設に収容されたか、あるいは・・・。
と考えて、その場を通り過ぎた。

それからしばらくして、小学校時代からの友人とのバカ話の中で、観音じじいの話題が出た。友人も観音じじいが居なくなった顛末は知らないのだが、別の友人から聞いた話をしてくれた。
先日、観音じじいが新宿の町を“住まい”を引いて歩いていたと言う。
くわしい場所も日にちもわからない。ただ、観音じじいは元気だったそうだ。
元気に“住まい”を引いていたそうだ。
又聞きだったので信憑性は怪しかったが、それを聞いた時ちょっとホッとしたし、少しだけ嬉しかった。自分でも不思議な感情だと思う。

最近よく考える。
観音じじいは、何故あそこに居たのだろうか。
というより、何故何年も町の人々は排除しようとしなかったのだろうか。
通学路である。住宅もすぐ側にある。なにより公道上である。
排除する理由はいくらでもあった筈だ。

あの頃、町には様々なアウトローが暮らしていた。
あの頃、社会は今よりも少しだけ寛容だったように思う。
皆が今より少し謙虚で、今より少し他人の事を考えていたように思う。

新宿の町に居たという観音じじいを、時折頭の中に思い描いてみる。
観音じじいは、新宿の雑踏の中を背を丸め、しかし矍鑠とした足取りで“住まい”を引いて歩いていた。
その表情は泣いているようにも思えるし、照れたような笑みを浮かべているようにも思える。
きっと観音じじいは、町に住む人々の心から何かが失われて行くのを感じ、沈む船から鼠が去るように町を出たのかもしれない。

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コメント

昔ほど寛容でなくなったのは、地域のつながりがなくなってしまったからではないでしょうか?
昔はアウトローでも、大人達は少なからず素性を知っていたんだと思います。今は、隣に住んでいる人さえ分からない状況ですから・・・。

みみずさんのブログにも書きましたが、人を思いやる気持ちがなくなってしまったのではないでしょうかね・・・。悲しい事です。

投稿: 山輝亭 | 2005/10/17 08:08

新宿のゴールデン街には、たくさん野良猫が居ます。そして、その猫達に寛容な人間がいます。

馴染みのゴールデン街のジャズバーのマスターは、「ネコが居る街はホっとするよ」と私にゆわはったことがありました。

嫌いなもの、汚いもの、目障りなものを排除する・・・それは、ネコに対しても、人間に対しても同じです。

生き物除けが目的で、水の入ったペットボトルが狂ったように幾つも並べられている様を見ると、なんだか哀しくなってきます。
自分の家が建つその土地だって、生きている間、ほんのちょっと借りているだけやのに・・・。

雨風が凌げる家を持つ人と、ホームレスの人と・・・大差はありません。紙一重ですよ。明日のことなんて、わかりませんからね。

脱線しますが、「可哀想・・・」などと同情するのも、人を見下して優越感に浸るひとつの差別でしょうね。

長々と失礼しました。
また、酒バトンが延びている不埒なはんなより。(爆)

投稿: はんな | 2005/10/17 09:57

なんか、ええ話ですね。
昔、私が住んでいた家の裏手は、バラックが並んでいました。同級生や、先輩も住んでいましたが、電話番号がみんなうちの家の番号で(呼び出し)って書いてありました。電話がかかってくると、よく呼びに行ったものです。

投稿: 煮酒 | 2005/10/17 10:02

幼い頃の記憶を思い返して
「イヤ」ではなく「良い」思い出になっているのは
やっぱり「いつもの風景」とか「居て当たり前の風景」とか、
そんな感じだったんでしょうね・・・。
たった一人の老人が、その頃のみんなの心に残っている、って
なんだかじーんと来てしまいます。

投稿: まき子 | 2005/10/17 13:14

横浜にも「メリーさん」ってホームレスの老女がいましたよ。いつもハトと一緒にいて、いつからか若い子の悩みを聞いてくれたりして、有名人だった。数年前に亡くなってしまったけど、地元新聞にその記事が載ったんですよね。新聞見てみんなショック受けてたから、あー、うまく言えないけど、人の存在って暖かくて大きいなと・・・・

投稿: hirorin | 2005/10/17 17:24

《山輝亭さん》
地域のつながりが希薄になった事は、大いに関係が有るでしょうね〜。
それプラス、他者の困窮に対する理解力が、今とは全然違うのではないでしょうか。
私の子供の頃は戦争が終わって20数年だったわけで、ひどい経験をした人が多くいたでしょうし・・・。


《はんなさん》
ゴールデン街、良いですよね(最近ご無沙汰ですが)。
ああいう所が無くなったら、町が住みにくくなりそうですね。
どこもが小じゃれた店ばかりになったら、面白くないですもん。
なんか「お天道様が見ている」という素朴な倫理観が、日本人から無くなった気がします(自分自身も反省)。


《煮酒さん》
そうですね〜。かつてはとんでもない家に住んでいた同級生なども居ましたよね。今、彼らはどうしているのかと、時々思ったりします。
昔の日本人って、なんか「お互い様」という気持ちを皆が共有していたような気がします。


《まき子さん》
う〜ん、なんかすごく記憶に残っているんですよね〜。
いや、好きとかそういう感情では無くて。
家の近くに今、あのような老人がいたら本当に迷惑なんですよ。
かつても迷惑だったんでしょうけども、それでも無闇に排除しないところに昔の日本人を見る思いなんですよね。


《hirorinさん》
「メリーさん」、そんな人が居たのですか・・・。
なんでなんだろう、ホームレスの人って(その人にもよりますが)、子供の時に無性に気になったりしますよね。
その辺、児童(思春期)心理学などではどう見ているんでしょう。

投稿: 地酒星人 | 2005/10/17 22:07

↑子供の頃、大人は偉いと思って抵抗できないと思ったけど、ホームレスの人(当時は乞食って言われていた?)は、なんだか抵抗できる大人だったような気がした。
つまりはエライハズの大人なのに自分が勝てそうな気がしたので、結構残酷に扱ったのかも・・、。で、自分はすごい、大人に勝ったぞという気持ちになるのかなぁ・・と今自己分析してみました。

投稿: hirorin | 2005/10/18 01:04

う〜ん、なるほど。hirorinさん、正直なコメントありがとうございます。
そういう所は有るかもしれませんね〜。
そしてさらに子供の側が親などからひじょうに抑圧されていたりすると、ひどい事件になってしまったりするのかもしれませんね。

投稿: 地酒星人 | 2005/10/18 08:50

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